信長の野望での活動日記や、思いつきブログです。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
こんにちわ

久々に戦国話・・・

景虎が兄晴景から長尾家を家督相続し

守護代をもゆずられます

そこで守護代とは・・・

守護の下に置かれた役職で

守護は、その当時は足利将軍がいる京都勤めで

中央の政務に関わることが多くて国を留守しがちでした

その為に守護は、家臣の中から代官を任命して実際の政務を代行させて

実際の国の政務を代行していたのが守護代です

この時代は守護の代理人としての地位に過ぎなかった守護代の地位は

戦国時代の幕開けとともに

地方によっては主君を追い、取って代わる存在へと代っていきます

それが下剋上と言われた時代ですね

景虎の場合はというと

守護の上杉 定実が病死し

相続する嫡子がいなかった為

足利幕府が景虎を越後の国主(守護)へ任命されたのでした


良かったらポチッと↓
にほんブログ村 ゲームブログ 信長の野望Onlineへ
にほんブログ村

スポンサーサイト
こんにちわ

今回は兄弟喧嘩の話・・・

物を取ったの、おいてたおやつを食べられたとか

あと弟のできが良いとか嫉妬など

今の時代でもよくある兄弟喧嘩

戦国時代でもありました

しかもいっぽ間違えたら命取りです

織田信長も兄弟喧嘩をして信長の勝利

毛利元就の3兄弟もよく喧嘩したとか・・・

そして景虎も兄弟で争う事になりますが

そこにはいろいろエピソ-ドがあります。

兄晴景は5000の軍勢を送って栃尾城を囲んでしまいます

景虎は、そんな晴景軍様子を見て

夜明けとともに門を開いて反撃に出ようとしました

軍師宇佐美定行が止めても聞き入れされず

「敵方には兵糧の用意がない。今夜のうちに兵をひくつもりにちがいない」と

景虎の予想通り、晴景軍は退くところだったから

奇襲は成功し晴景軍は敗れ去った。・・・とあります

また、その戦い後晴景軍は、1万の大軍を引き上げようとしました。

それを景虎は追い討ちをかけるのですが

山の下まで来たところで

「疲れたから寝る」と言い

眠ってしまったそうです

宇佐美定行が追い討ちの催促をしても聞き入れられませんでした

晴景軍は、景虎軍が追ってきた所を高所を利用して

追い落としてやろうと企てしてましたが

現れない・・・・

やがて晴景軍は山を降りかけた所へ

はね起きた景虎は軍勢とともに山を登り

上から晴景軍を攻め立てたそうです

晴景軍は混乱し春日山へ退却していきました

でも史実では・・・

小さな争いはあったそうですが

守護の上杉定実が和解にはいり

景虎を晴景の養子とする事で

守護代職を譲ったということでした

真実はどうだったのでしょうか




宇佐美 定行ついて
元は越後守護上杉家に仕えたが為景に敗れた後は長尾家に仕えます

若き日の景虎を支え、軍師として導いたと言われ

最期は長尾政景と船遊び中に事故死

政景を誅するため身を捨てて討ったとも伝えられています






良かったらポチッと↓
にほんブログ村 ゲームブログ 信長の野望Onlineへ
にほんブログ村
こんばんわ

久々に戦国話

景虎は、栃尾城へ派遣されます

元々栃尾城の城代は本庄実乃という武将に任されていました



本庄実乃は、景虎の幼少期から側近として仕え

幼き謙信の資質を見抜いたと言われてます

軍学の師匠として景虎の成長に大きく貢献

直江景綱と共に側近の一人として活躍していきます



景虎の初戦の相手は、晴景の弟を死においやったという

黒田 秀忠

秀忠は謀反を起こし景虎は討伐を命じられます

景虎は、これを打ち破り黒田一族を滅亡させます

景虎の見事な戦いぶりに越後の豪族達は期待され

とうぜん兄である晴景は嫉妬し兄弟同士での戦が始まるのでした



良かったらポチッと↓
にほんブログ村 ゲームブログ 信長の野望Onlineへ
にほんブログ村

こんにちわ

戦国話 謙信タン元服編

謙信タンの元服は13歳の頃と言われてます

元服とは男子の成人を示すものとして行われる儀式のことです

元服は、年齢には規定がなく、5~6歳から20歳程度まで存在していたそうです

今で言う成人式みたいなものでしょうか

ちなみに永遠のライバル、武田信玄の元服は16歳と言われてます



さて、話を戻しまして父親の為景が亡くなり

兄晴景が病弱な事もあってか林泉寺から呼び戻されたそうです

虎千代は元服し名を景虎と名乗りました

そして元服した景虎は栃尾城へ派遣される事になります

ここから景虎の活躍が始まるのですね



良かったらポチッと↓
にほんブログ村 ゲームブログ 信長の野望Onlineへ
にほんブログ村








こんばんわ

今日は、謙信タンの少年時代の話

虎千代が7歳の時

兄晴景か長尾家の家督をついで

虎千代は、林泉寺というお寺に預けられています

俗に言う「出家」ですね

この時代、出家する事はよくある話で

嫡男以外の者を養子や出家させる事は少なくなかったようです。

例えば、足利 義昭等もそうです

その頃の虎千代について・・・

利かん気のわんぱくで、弓矢や刀で遊ぶのが大好きで

鬼若どのと呼ばれていたそうです

もし貴方が戦国時代に長男ではなかったらお坊さんになってたかも



良かったらポチッと↓
にほんブログ村 ゲームブログ 信長の野望Onlineへ
にほんブログ村




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。